機動少女はいぱぁミリィ
プロローグ「赤い逃亡者、クイーンズ4登場」


 その夜は嵐だった。

 海は黒い龍のごとくうねり、暗雲は稲妻の閃光によって切り裂かれた。

 その稲妻をかいくぐって飛行する四つの機体。炎のように赤い機体を青と緑と金色のそれぞれの機体が追跡していた。魔法金属ミスリルの装甲に覆われたそれらは人型をしていた。それも女性的なシルエット。彼女たちはアーマードサイバーノイドと呼ばれる戦闘用サイボーグだった。

赤い逃亡者 先を行くバーミリオンレッドの装甲の少女の名はファイヤー・ルージュ。彼女は追われる立場だが、実に冷静に三人の追跡者の動向を窺っているようだった。

「お待ちなさい、ファイヤー・ルージュ。我らの皇帝陛下を裏切っての逃亡、絶対許しません。このウォーター・マリンが地獄へ送って差し上げますわ!」

 ウォーター・マリンと名乗るコバルトブルーの装甲の少女は、前方を飛行するファイヤー・ルージュに向けて憎悪に満ちた言葉を発した。その口調にはかすかに嫉妬心も感じられる。この二人の間にいったいどんな出来事があったのだろうか?

「私的な感情は抑えなさい、ウォーター・マリン。ファイヤー・ルージュは帝国最強と言われる我らクイーンズ4の一員。その彼女の逃亡にはきっと何か事情があるはず。帝国に連れ戻してそれを聞き出すのが我々の任務です。」

「わ、わかってますわよ、グランド・ケイト。」

 エメラルドグリーンの装甲の少女グランド・ケイトにたしなめられ、ウォーター・マリンは押し黙った。気位の高いマリンも、どうやらリーダー格のケイトには頭が上がらないようだ。

「もう、ケイト姉さまったら真面目なんだからぁ。ルージュ姉さまだっておなか空けばきっと帰ってくるよぉ。」

「サンダー・アリス………(-_-;)」

 ゴールドの装甲の少女サンダー・アリスの緊張感のないセリフにマリンとケイトは絶句した。戦闘用サイバーノイドとはいっても、武装改造作業を終えたばかりのアリスの設定年齢はまだ十歳児なみだ。まあ彼女の場合、年齢の問題だけではないようだが。

「あー、とかなんとか言ってる間にファイヤー・ルージュの奴、もうあんなに遠くまでー!」

 アリスのボケにペースを乱されている間に、いつの間にかルージュとの距離は大きく開いていた。

「わーい、ルージュ姉さま速い速い。」

「あのクソ女ぁ!」

「二人ともトライアングルフォーメーション!各反重力システムの力場を一点に集中させて緊急加速する。エーテルリアクターエンジン全開!」

「アリスちゃん、V−MAX発動ぉー!」

 三人を結ぶエネルギーの流れが三角形を描き、その中央部の空間が反重力作用で歪む。全員を包み込んだ光のベールが蒼き流星のように尾を引いた。三機の反重力システムの相乗作用によって通常の三倍の加速力が発生したのだ。

 ちなみに最後のアリスのセリフに深い意味はない(わかる人にはわかる)。

 V−MAX…もとい、超加速のおかげでその差はどんどん縮まっていく。

「あと少し…」

 そしてまもなく攻撃の射程距離に達しようとしたその時、閃光が流れた。

「きゃあっ!」

 突然、ウォーター・マリンの背のバックパックが爆発を起こした。ファイヤー・ルージュの放った一本の細いビームが反重力システムを直撃したのだ。

「大丈夫か、マリン。」

 失速するマリンをケイトが支える。

「え…ええ、でも反重力システムは完全に破壊された…もう飛べませんわ。きぃーっ、くやしぃー!」

 嵐の海の上空、飛行能力を失ったマリン一人を放置しておくわけにもいかず、また、互角の戦闘レベルのルージュを相手に一対一での戦闘になるのも危険だ。追跡はあきらめざるおえなかった。おそらくルージュの狙いはこれだろう。

「火器制御重視の設計とはいえ、さすがはファイヤー・ルージュ。あの距離から反重力システムだけを正確に破壊するとは…。」

 ルージュの冷静な判断力と高い戦闘能力とに、ケイトは感嘆を禁じ得なかった。

 ファイヤー・ルージュは三人が追跡してこないのを確認すると、通常スピードでゆっくりと遠ざかっていく。おそらく、今までエンジンに相当の負担をかけて飛んでいたのだろう。彼女もここが限界なのだ。

「要するにぃ、ルージュ姉さまを止めればいいんでしょ?アリスにまかせて。」

「何言ってるんですの、ファイヤー・ルージュは私の最大のライバル。あなたのようなお子さまに止められるはずありませんわ。」

 気楽なアリスの発言にマリンは憤慨した。しかし…

「やれると思うならやってみなさい。」

「何を言い出すんですのグランド・ケイト!」

 ケイトの言葉にマリンは耳を疑った。実はケイトもマリンと同様の考えだったが、クイーンズ4に配属されたばかりのサンダー・アリスのスペックは未知数だった。だめで元々なのだ。

「サンダー・アリス、いっきまーす!」サンダーブレイク

 そう言ってアリスは精神を集中し、小さく呪文を唱え始めた。金色の装甲が淡く発光する。大気の精霊がアリスと会話しているのだ。ルージュがアリスの様子に気づいたようだがもう遅い。強化細胞と機械の体の他、人類の一部が偶然手に入れたもう一つの能力「魔法」が今発現しようとしている。

「さんだー
ぶれいくぅ!」

 必殺技には似合わない、アリスの甘い声が魔力を解放した瞬間、ケイトは見た。アリスの背後に浮かぶ邪悪な黒い影を…。漆黒の闇の中に浮かぶ丸く赤い1つ目とケイトの視線が交錯する。ハッと息をのむケイト。しかしその邪悪なる者は瞬きの間に消えてしまっていた。

「今のはいったい…」

 考える間もなく、爆発の轟音がケイトの思考をそれから引き離した。

 キノコ雲。旧世紀の人類が滅びるきっかけとなった核兵器、その産物にも似た光景が三人の目の前にあった。そこは今までファイヤー・ルージュが居たはずの場所である。

「………。」

「………。」

「お…おしおきだべー、みたいな?」

 自分の引き起こした事態に唖然としながら言うアリスのセリフを聞いたとたん、キノコ雲の傘がドクロマークに見えてきたから不思議だ。

「あなた、加減てものを知らないんですの?あれでは都市を一つ滅ぼせるわ!」

「えーん、アリスちょっと気絶するくらいのカミナリしか使ってないよー。」

 ウォーター・マリンとサンダー・アリスはパニクっている。

 爆発の中心部、全ての生命を否定するプラズマの嵐を、グランド・ケイトは呆然と見つめていた。

「ルージュ、あなたは何故…。」

 爆風が彼女の髪をかき乱して吹き抜けていった。


 ある小さな島の海岸を、先ほどまでの嵐がまるで嘘であるかのように静寂が支配していた。波打ち際に半分埋もれたそれを月夜が照らし、まとわりついた水滴がキラキラ輝く。それはファイヤー・ルージュが身につけていたヘッドギアの破片だった。

 その日から、クイーンズ4のファイヤー・ルージュという少女は消えてしまった。

 そして新しい物語が幕を上げる…かもしれない。


つづく…


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